g-kenknの日記

ボルネオ・peace・Memorial

世界の平和を目指す① (自分への”はしがき”)

 今日は2020年8月16日。終戦記念日の翌日、徳島新聞の「読者の手紙」欄に私の三回目の投稿が載った。初めが7月6日の平和への呼びかけ、2回目が、コロナ禍の時世で感染防止と経済とが同等に大事みたいな風潮に対して、先ず命が大事という認識が基本のはずだと訴えた。今回は、弱い小さいいのちを大事にする「思いやり」や「優しさ」を大事にしようと書いた。

 戦争の悲惨さや犯罪性を土台にした平和運動は以前からあって、署名活動や大会の開催、国連への訴えかけなどしてきたが、その中心にあるのは「非戦」という概念だったように思う。いま、時代そのものの精神性が委縮し、人々の心が勝ち負けや損得、お金や物、権力・優越指向、スピード一辺倒に向かい、それらの結果のように奇々怪々な事件が起こったりしているように思われてならない。時代の課題と向き合いながら、平和な世界を生み出すにはどうしたら良いのだろうか。

 この大きな課題に真正面から取り組むにはどうしたら良いのだろうか。時間がかかることを覚悟して、市民民衆が直接生み出す世界の平和への取り組みを、私なりに組み立ててみたい。人でも時間もかかるだろうけれど、本当の平和な世界への取り組みになるかもしれない。祈りながら、たゆまずに、たとえ一人でも歩を進めたいと思う。