g-kenknの日記

ボルネオ・peace・Memorial

初めての「田植え」

このところ体の調子の良い日は天気が悪くても田んぼづくりをしてきた。かつて義母が田んぼにしていた土地の内わずか130㎡ほどを新たに田んぼにすること。既に完全の草原化した場所の草を刈り、鍬で耕し、小型耕耘機で挽いて、畑地に戻すのは結構な作業だ。幸い、農業用水の設備があり、現在の師匠の小野さんが水を引くホースや籾(もみ)、発芽箱などを持ってきてくれた。未経験ながら頭の中にイメージが湧き、準備を進めることが出来た。

仕切りに波板を張り、ブロックを買ってきて並べ、土を盛って堤らしくなった。ここまで来るのに2月以来ほぼ4カ月。水を張ってみたら溜まるのだが、どんどん漏れてゆく。波板の際や他の仕切り際を良く踏むように言われて数回試み、モグラの通り道らしき盛り上がりにも度々出会いながら、根気よく水の動きを見て手直しし、発芽箱3箱に蒔いた籾も15センチほどに育ったので、6月20日を田植えと決めた。

和代と私、それに若竹通勤寮時代からの友人、林弥生さんが朝から来て手伝ってくれた。手植えは意外と田んぼの中での移動が大変。だが、今回はそれより田んぼ自体の準備が悪かった!土地が水平になっていなかったし、田んぼの小石が多く、うまく植えられなかった。とは言え、狭い場所だから3時間ほどで片が付いた。1~2本ずつ植えた苗が、水面で風になびいている。しっかり育って、稲穂が風になびく9月頃を思い描きつつも、期待と不安が半々だ。今年、台風はどうだろうか。心細げに水面に顔を出している弱々しげな穂先が愛らしい。反省のメモも残しながら、来年の改善を心に誓い、お前何時まで生きるつもり?と笑われそうだが、大真面目の田植え体験だった。

平和への取り組み、その2

3月に謂わば「その1」を書いた私たちの世界平和の実現を願う活動は、毎月鳴門市賀川豊彦記念館に集まって少しずつ進んでいる。会の正式名称は「世界平和の実現をめざす徳島の会」、会則も出来て発会したのが偶々賀川豊彦の61回目の命日である4月23日だった。その後、第一の活動「平和の種を蒔いて育てるキャンペーン」を実施することとし、チラシ、ポスター、紙芝居(と称するパワーポイント)案を用意した。第一の活動は、徳島県内に小学校にチラシやポスターを持って行き、子どもたちか校長さんか教員か誰かに手渡し、短時間でも平和について話すこと、出来たら子どもたちと話がしたいと思っている。SNSで拡散などの手法の逆を行きたい。

昨日(6月12日)、徳島県が実施する令和3年度「みんなが主役の人権啓発推進事業」に応募するため、徳島市沖洲マリンターミナルにある徳島県男女参画・人権課(分室)に応募書類一式を、若松善英事務局長、中澤和代書記兼広報担当及び代表を仰せつかった私の三人で持参した。7月半ばに2次審査(面接)、上手く合格すれば7月末には採択内示がある。幾つになってもソワソワするものだ。私たちの小さな思いが認められれば、学校訪問もしやすくなる。私としては、知らない土地でもあり大いに期待している。

5月は一度も書けなかった!

80歳になったのを機に3月に再々開したブログ。だが、結局5月は一度も書けなかった。格好悪いので弁解しないが、意欲の衰えが理由ではないから、再挑戦を何回でも繰り返すことで、よしとしよう。

弁解と紙一重だが、5月は次の三つのことで殆ど塞がれてしまった。まず挙げられるのがコロナ禍の下、PCR検査で陰性を確認しての癌治療のための入院8日間。第二は、稲作への挑戦で130㎡の田んぼづくり。三番目は贈っていただいた本や読み物を読んだり感想文を送ったりが幾つも重なったことだった。

特に三番目。既に書籍になったもので共感したのは「大地がよろこぶ『ありがとう』の奇跡」(村上貴仁著 サンマーク出版 1916)、「少年平和読本」(賀川豊彦著 養徳社 昭26)、童話「爪先の落書き」(賀川豊彦著 ことのは文庫 2010)など。中には笑い続けることで癌が消えた本、親の愛情に恵まれなかったが、親ではないが深い信念で共に生きる男の実践記録など、心震わされた5月だった。

5月は、入院も読み物も田んぼも含めて前向きで居られたことを感謝したい。健康状態も良い。癌細胞は活発だが、抗がん剤も効いている。私の感覚では明らかに快癒に向かい、抗がん剤の副作用は、特異な味覚障害だけだ。特異とは、つまり、食欲があり、何を食べても美味しい。以前は好きでなかったものまで、敢えて「美味しい!」と言いたくなる状態。敢えて不服を探せば量が食べられない(胃を全摘したために)ことくらい。毎日が本当に感謝、感謝です。これも、ありがとうの奇跡。

畑をしながら想うこと

春の陽射しの中で畑に立てることを、先ず感謝したい。まだ生きていると実感する。残りの時間が少ないせいか、様々な課題が頭をめぐり、のどかな景色には不似合いだ。最近度々よぎるのは、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんの言葉だ。彼女も7月には満24歳になる。10年以上前から教育の重要性を訴えた彼女の、「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、一本のペン、それで世界が変えられる」の言葉の意味を、かみしめ続けたい。深い意味が込められていると思う。パキスタンという国で。両親の愛が彼女を育て、彼女はそれに応え、心を鍛えられた。本当にすごいと思う。

体を動かしながら考える。日本にマララさんは居ないが、昔の日本には「寺子屋」があった。特に江戸の末期には急増して全国の町ばかりでなく、村にもあったという。読み書きや初歩の計算などを主としながら、挨拶や人との付き合い方、社会の仕組みや倫理など、人間として生きることや お寺の寺子屋であれば、住職は心や魂に触れた話もあったに違いない。

高得点ばかりが評価される日本の今の学校教育は教育ではない。畑での妄想は膨らむ。

日本中の寺も神社もキリスト教の教会も、布教・宣教は一旦おいて、楽しくて、感謝と分かち合う心、明日に希望と意欲が持てる時間の開拓をお願い出来ないだろうか。それを世界中に広げられないものだろうか。今こそ、ラストチャンス!

担当医に受診して。

月曜日は徳島大学病院(消化器外科)の、担当医診察日だった。今回は、3月30日のCTや血液・尿検査結果を聞くことと今後の見通しを聞くことが主目的。体調は良好なのでかなり希望的と言うか期待して診察に臨んだ。期待通りとはいかなかった。かといって悪かったわけでもない。ちょっと期待に反して癌細胞は確実に活動しており、活動程度を示す数値も4,495(正常値は40以下)。来月は入院して肝動脈塞栓術を受けることになった。考えようによっては、もうしばらくはこの世に生きることが保障されたようなものだ。そうだ、よし、そう思ったら元気が湧いてきた。

午後2時ごろ家に帰り着いて、畑に出た。今は5月に田植えが出来るように、約100㎡の田んぼを造成中。波板で仕切り、その波板をブロックで抑えて土を盛って堤を造る。8月9月、稲穂が風に揺れる様を想像すると気分が豊かになる。そして昨日、一応完成。他の春野菜もこれから種まきや苗植えがある。今現在育っているのは、ジャガイモと絹サヤと玉ねぎ。これからの予定は、トマト、ナス、キュウリ、里芋、カボチャ、スイカ、トウモロコシ、サツマイモなど。入院前にすることが沢山ある。作業をしながらも様々なことが脳裏をかすめる。浮かぶ思いを綴ったら本が書けそうだが、作業を終えると思いも一緒に消えてゆく。ちょっと勿体ないような気もするが、作業を楽しみ、想いを楽しんでいるのだから、贅沢は言えない。

ひねくれ者のあれこれ!

 年々スピードを増すように感じる時間歳月。今年ももう4月だ。これは、時は淡々と刻むのに、自分の意識や動作など諸々がが鈍くなるための錯覚らしい。例えば1日という決まった時間の中で、子どもの頃、若者時代などと今では全く違う。だが、頭の芯の記憶は若者時代のものだから、時が早まってきたように感じるらしい。相対的なずれ。超心理学的入口がこの辺にあるのかもしれない。兎に角不思議だ! 「時」というのは。

 ふと、よく出来ているなあと感心する。移動するのも立ったり座ったりするのも、随分ゆっくりになった。何をするにも時間がかかる。もどかしい。まぁ、これも良いではないか。ゆっくり立ったり座ったり。スクワットの真似事をして鍛えていると思えば良いわけだ。ちょっと姿勢を注意しながら朝も昼も夜もスクワット。

 若い頃からいろいろ失敗、挫折の連続だった。挫折は、しようと思って出来なかったこと。悔しいが、今となっては後の祭り。欲張りだから、あれもこれもと試みて挫折した。トランペットの音色に魅せられて学生の頃月賦で買った。今でいうローンだ。今も持っているが全く吹けない。英語もそうだ。幾つの教材を買ったことか!駄目な奴!と思う反面、自分が見えて面白い面もある。その思いの中できらりと光る何かがあるのも、今となっては面白く、なぜか自分が愛おしくなったり。親ばか的心境?のどかな春。

 

平和運動、こうして始まった!

 去年の7月、初めて徳島新聞の読者の手紙欄に投稿した。平和について、不戦という日本の道は確かか、今の日本は本当に平和かと問いかけた。そして武力によらない平和実現の願いを書いた。10日後、賀川豊彦記念館の運営委員である若松善英さんが共感の投稿をしてくれた。これをきっかけに鳴門市賀川豊彦記念館の集会室を会場に県内各地から毎月10数人が集まって意見を交わしてきた。

 まだ会則などはないが、会の名前は「世界平和の実現をめざす徳島の会」。今日の状況から未来に向けた展望の中で、賀川豊彦が目指した世界平和を目指す。戦争の悲惨さや犯罪性の追求だけでなく、政治家や有名人によるイベントに依存せず、一般住民の地域活動として活動する。賀川豊彦が大事にした自然や、彼の著書「少年 平和読本」の、動物たちの助け合いや自然の摂理、肉食動物や強いものの在り方、イソップ童話トルストイ童話なども取り入れながら、紙芝居とポスターを作り、県内の学校に持って行く。紙芝居は妻が、結構楽しく作ってくれた。スマホSNSを使わず、持って行き、話し手渡す。児童生徒と話し合える機会が出来ることを願いながら。

 賀川豊彦は牧師だが、紙芝居にキリスト教は一度も出てこない。平和運動に宗教や政治は不要。世界には様々な宗教や国家体制がある。世界の平和を願うのに、それらは時に邪魔になる。この事業を「平和の種を蒔き、育てるキャンペーン」と名付けた。